TARKY TOSHIMA

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トーク&パフォーマンス「クィア・リーディングへの招待」

トーク&パフォーマンス「クィア・リーディングへの招待」

クィア・リーディングってなに?

このイベントは、「トーク&パフォーマンス」と書いてあることからも、なんとなくお察しいただける方はお察しいただけるかもしれないが、決して一般的な意味での(アカデミックな意味での?)討議や、「入門=招待」ではない。古怒田望人/いりやさんが今年刊行した『クィア・レヴィナス』(青土社、2025)の紹介、議論から始まり、「そもそもクィア・リーディングってなに?」という問題を、『間隙を思考する』(以文社、2024)を昨年発刊された田崎英明さん、また批評家の江永泉さんも交え、それぞれのお考えや実践している「読み」などについても語っていくかたちでの対話にしたい。とひとまず私は考えたのだ。というのは半分嘘で、本当は田崎さんによるアドヴァイスが大きいのだが、とにかく「クィア・リーディング」に関する話題に焦点化したほうがよい、ということになったのだった。

ストレートではない紹介=入門としてのイベント

さらに、単なる「クィア・リーディング入門」ではなく(そもそも「クィア」とは「ストレートではないもの」なので)「ストレートではない紹介=入門」としてのトークイベントになればいい、と考えた。何故かといえば普通の講義みたいになっても面白くないやん。ということで、私は自らをパペットと化すことにしたのだ。そして、「クィア・リーディング」だけではなく、現在のアカデミズム、リベラルとクィア、語る主体、形式と内容、アイデンティティ・ポリティクスなど多岐に渡りつつも、結果としてはどこか(あるいは斜めに?)一貫した議論になった、とこれはひとえに参加していただいた出演者のみなさまのおかげですが、そんなふうに思っている。

クィア・クリエーション

また、読み=解釈というだけではなく、作り手の問題などにも多少触れられる、そんなイベントにもしたかった。なぜなら外島自身は一応『作る側』、つまり一般的に言えば『リーディングされる-読まれる側』の存在だからで、そんな人間が司会をするのなら、そのへんの話題をぶっこんでいくほうが面白くなるのでは、という思惑があった。故に、「クィア・リーディング」と並置するかたちで、「クィア・クリエーション」という言葉を無理やり作ってそれについても少しだけ語ることにした。そしてまた「クリエーション」と「リーディング」の共通性についても触れていき、そうして実際の議論においては、理論と実践の問題やアクティヴィズムのアカデミック化など刺激的かつ鋭利な言葉が交わされたように思う。とにかく、なんかすごい良かったです。ありがとうございました。──外島貴幸
(note外島貴幸作品集プロジェクト「アーカイブ|クィア・リーディングへの招待」(https://note.com/tkyktsm/n/ned7d05491fc4)より)

記録映像(YouTube)