草々
2012|テクスト・漫画・出版
何となく草をむしりたい気がする、そう言って清少納言は道に生えている雑草をむしゃむしゃ食べ始めた。
「こうしていると、悲しみが五臓六腑に染みわたるわ‥」とわけのわからない事をいいながら、根っこに土が残る草を食んでゆく納言。草を食べ終わった納言は、舌を右斜め下にぺろっと出して満足気な表情を見せた。そしてその後、「徒然草が食べたくなってきたわね!」と急に叫んだ。
納言は大股で河原を歩きながら、道に生えた雑草をむしっては「こいつじゃない‥」と呟いた。彼女は十二単が土で汚れ、ぼろぼろになるまで探し続けた。そんな納言を見て、僕は胸がしめつけられるような気持ちになり、「もういいんだ、納言。それに泥はアスベストが付着してるから、体に悪いよ」と言って、肩に手を置いた。納言は急に大人しくなって伏し目がちに微笑んで、「大丈夫よ。何となく安全な気がするもの」と答えた。
納言は河原に座り、小石に回転をかけて投げ始めた。小石は、水面を何回か飛び跳ねてから、ぼちゃんと落ちる。それを見ながら、「こうやって石を投げていると、自分もくるくる回転しながら川に突っ込めば何回か跳ねれるような気がするわ」と彼女は溜息をついた。それから納言は立ち上がって、数歩後ろに下がった。「よっしゃ」と彼女は呟いて、両手で単衣の裾を上げた。僕はもう止めなかった。助走をつけたあと、納言は回転しながら川に飛び込んだ。水面に納言の身体が触れると、ぴっ、という音を立てて、川は彼女を単衣ごと宙に浮かせた。後ろに水飛沫と波紋を残しながら、くるくる回転して川を跳ねる納言。次で落ちるだろう、次で落ちるだろう、と僕は跳ねるたびに思ったが、とうとう向こう岸まで到達した納言は、ぐったりとして、単衣にくるまれているように見えた。「大丈夫か納言!」と僕は声をかけた。納言(ちなみに正しくは少納言)は、立ち上がろうとしては斜めに倒れ、結局横になった。
「草なんか食べるんじゃなかった‥」と手に口を当てて言った清少納言の声が、なんとなく聞こえてきた気がした。
初出:からだのこと(フリーペーパー、2012年6月4日)
